HOME » 油職人今昔話
おいらはガキの頃模型のエンジンから多くを学ばせてもらった。
今の生業につながることを模型のエンジンから学び体験することができた。模型のエンジンを外観からしか見ず、バラして観察したり組み直したりすることをしていなければ円陣家至高の商品は生まれてこなかったかもしれない。
エンジンに関する限り、だれからも指導を受けず独学でやってきた。
エンジンと言われるモノとの付き合いは半世紀以上になる。それでもまだまだ解らないことばかりだ。
エンジンほど面白いモノはない。
この模型のエンジンを搭載した飛行機を創ることで科学と接することができた。
学校で学ぶ科学とは少し違う科学である。
非主流科学とでも言おうか、あまり人気の無い科学とでも言おうか・・・・・地味な科学と言っておこう。
先ずカエルの解剖でエチ―ルエーテルと出会った。当時カエルの解剖など麻酔としてポピュラーなものだった。カエルの解剖も面白かったが、エチールエーテルの引火点の低さに興味がいった。
模型のディーゼルエンジンの燃料の一部に使われている意味が解った時でもある。
当時下剤として薬局で販売されていたひまし油が模型エンジンの潤滑油になることも模型のエンジンから知った。
小さい頃アルコールはお酒だと思っていたのが模型のエンジンの燃料になるってぇことも知った。
そして、飲むことの出来ないアルコールの存在も知った。
小学校の一年生の頃だったと思うが、ダチの家で木で作った船に模型屋から買ってきたマメラッカーを薄めずに(この時点でうすめる事を知らなかった。)刷毛塗りしたが、どうも巧くいかない。家に戻り親父に相談したらサイホンコーヒー用のアルコールを持ち出してきた。一度ラッカーを全部アルコールを湿したぼろ布で拭き取れとのことだ。
どういう訳かラッカーを拭き取ることができた。
マメラッカーとアルコールと刷毛を持って一緒に作っていた近所のダチの家に再び行った。今度は巧く塗れそうだとラッカーの入っている缶にアルコールを数滴薄めるつもりで垂らした。
これが最悪で分離して全く混ざらない。拭き取れたんだからうすめ液として使える?んじゃないかと単純に思った結果である。
真相は乾いていないラッカーは、ぼろ布で拭くだけでも完全ではないが拭き取ることが出来ただけなんだ。
ダチはアルコールとは臭いの違う液体で薄めて巧く塗っていた。
何で薄めてるのって聞いたらラッカーシンナーってぇ言うラッカー専用のうすめ液とのことだった。
ガックリと失意のままダチの家を後にした。
親父に話したら思いっきり笑われた。
模型屋に行ってラッカーシンナーを買って来いと十円渡された。
模型屋のおっさんにも笑われた。
そして模型屋のおっさんは懇切丁寧にラッカーのうすめ度合いだとか塗り方を教えてくれた。おいらは何事も興味を持つと徹底的に追求するタイプなので刷毛塗りの練習を暇さえあればやっていた。これが後に刷毛目を残さないで塗れるまでになり、飛行機の塗装に役立つことになるのだ。
この刷毛塗りの経験から仕上がり面の綺麗さ加減を知ることで、後に販売されるラッカースプレーでの塗り方をダレにも教わることなくマスター出来た
と思っている。